Table Of ContentDirac
方程式の
ポテンシャル問題
手塚洋ー著
東洋大学出販会
H
次
1 はじめに ー
2 Kleinパラドックス 7
2.1 ベクトルポテンシャルのみの場合... . • .. . . . . • .. . • . 8
2.2 スカラーポテンシャルの存在する場合 .• .. . • .. • .. . . . 11
3 中心カポテンシャルを持つ 3次元の Dirac方程式 15
4 j£ の整数次数ポテンシャル戸 21
4.1 IV(r)I =/-IS(r)Iの場合 .. . . . . • .. . . . . . . . . . • .• . 25
4.1.1 n= 1 の場合 .. . . . . . • .. . . . . . • .. . • .. . 28
4.1.2 n= 2 の場合 .. . . • .. . . . . . . . . . . . . . . . . 30
4.2 V(r) = S(r)の場合... • .. . . . . . . . . . . • .. . . . . . 33
4.2.1 n= 1 の場合 .• .. . . . • .. . . . . . . . . • .. . . 35
4.2.2 n= 2 の場合 .... .. ...... .. . . 37
4.2.3 n= 3 の場合 .. . . . . . . . . . • .. . . . • .. . . . 38
4.3 V(r) = -S(r)の場合... . • .. . . . . . . . . . . . . . . . . 40
4.3.1 n= 1 の場合 42
4.3.2 n= 2 の場合 44
4.3.3 n= 3 の場合 46
5 多項式展開で解ける例 49
5.1 スカラー線形ポテンシャル .. . . • .. . . . • .. • .. . . . . 49
5.1.1 弓l力S(r)=br>Oの場合... . . . • .. . . . . . . . 50
ii 目 次
5.1.2 斥力 S(r)=br<Oの場合 .• • • • • .• • • • .• • • . 59
5.2 大きさの等しい調和振動子ポテンシャル ......... .. . 68
5.2.1 同符号で大きさの等しい場合......... .. 68
5.2.2 反符号で大きさの等しい場合 74
6 Dirac方程式の非相対論的近似 83
6.1 Schrodinger方程式..... .. . . . . . . . . . 83
6.2 非相対論的Dirac方程式 ..... ... .. . 85
6.3 IV(r)I c/= IS(r)Iの場合 .... ......... .. . . . 87
6.4 V(r) = S(r)の場合..... .... .. 90
6.5 V(r) = -S(r)の場合...... .. . 91
7 負の整数次数ポテンシャル 93
7.1 クーロン型ポテンシャルの場合..• .. • • • .• • • • • • • .. 95
7.1.1 ベクトルポテンシャル... ... .. . . . . . . . . 98
7.1.2 スカラーポテンシャル... ....... .. . 112
7.1.3 等しい大きさのベクトル+スカラーポテンシャル • • .. 124
7.2 非相対論的運動方程式... ........ .. . . . . . . 140
8 おわりに 145
あとがき 149
参考文献 151
索 うl 153
1
は じ め に
物体の運動を議論する場合,非相対論的量子力学では質量を除いた非相対論的
な全エネルギー£を運動エネルギーとポテンシャルエネルギー Uの和として書い
た力学的なエネルギーの式
p2
£= +u (1.1)
—
2m
を量子化した Schrodinger方程式
8 ▽2 +
i-ot' 1i(r, t) = -—'1i(r, t) U(r)'1i(r, t) (1.2)
2m
が使われる.mは考えている粒子の質量で, pはその 3次元の運動量, rは空間
座標である.以下, Planck定数fi= l, 光速度C= 1とした単位系を使う.量
子力学の問題としては状況に応じたポテンシャル U(r)に対して,この固有方程
式を解き固有エネルギー 8と波動関数\J!(r,t)を決める.
相対論的量子力学の場合には静止質量を含めた Einsteinのエネルギーの式
ザ=記 +p2 (1.3)
`ヤバ
を量子化した一般的な Klein-Gordon方程式
m2)
の(r,t)=O (1.4)
が基本の運動方程式となる.Klein-Gordon方程式は粒子の存在確率が保存しな
いため,物質の構成粒子である電子,陽子などのPauli効果の働くスピン 1/2の
フェルミオンの運動を記述するには適さない.フェルミオンに対しては粒子の存
在確率を保存するように一次の偏微分方程式に直されたDirac方程式
偉心
(r,t) = -ia・ ▽的(r,t) +( Jm的(r,t) (1.5)
2 1 はじめに
が使われる.O'., f3は4元の Dirac行列である.心(r,t)はスピノールと呼ばれる
4次元の波動関数である.これ以降問題とされる力は時間に依存しないと仮定さ
れているので,時間に関しては解いた空間 3次元の定常状態の Dirac方程式
(a・p +m /3)心(r)=E い(r) (1.6)
が使われる.このときの Eは質量も含めた相対論的な全エネルギーである.a,
p, V, rなど太文字で書かれている量は空間 3次元のベクトルである.
さらにゲージボソンと呼ばれる相互作用をつかさどるスピン 1のベクトル粒子は
電磁気の Maxwell方程式を拡張した Proca方程式
仇別w汀r,t)-8μげご(r,t)+m2訳 (r,t)=O (1.7)
が使われる.ベクトル粒子の波動関数はw灯r,t)と書かれている.これらの運動
方程式は相対論的な運動方程式であるがために条件によっては非常に奇妙なふる
まいをする.特に相互作用としてポテンシャルを考えた Dirac方程式はいろいろ
なおかしな結果を導くことが分かる.
Dirac方程式の導出,その物理的性質などについてはすでに多くの教科書に紹
介されているので,それを参考にしてほしい1). ここでは Dirac方程式にポテン
シャル項を導入する議論について紹介しよう.
相互作用をしていない質量mの自由なフェルミオンのラグランジ密度は
£=石(r,t)irμoμ'l/J(r, t) -1/j(r, t)m'l/J(r, t) (1.8)
と書ける. μr はDiracのァ行列と呼ばれるもので, Dirac行列 a,(3とは
o,
= (3 ゲ=(3ぷ (i= 1,2,3) (1.9)
の関係がある.この式から Euler-Lagrangeの運動方程式を求めればDirac方程
式 (1.5)が求まる.
基本的なラグランジ密度はローカルゲージ変換
心(x)→ U(x)1/J(x) U(x) =e ia(x) (1.10)
に対して不変であることが要求される.ここでは簡単に座標r,tをまとめてxと
書いてある.
3
この変換に対してラグランジ密度 (1.8)は
£ → じ=厄(x)U尺x)(irμ叫―m)U(x)7/J(x)
=屈(x)Uパx){irμ8μU(x)+U (x)(i刊8μ-m)}心(x)
=石(x){U尺x)irμ8μU(x)}心(x)+屈(x)(i吠8μ-m)心(x)
(1.11)
と変換する.ローカルゲージ変換では指数の肩のa(x)が座標に依存するため,第
1項の仇U(x)は0とならず,この項が残るためゲージ不変とはならない.
ローカルゲージ変換に対してラグランジ密度 (1.8)が不変となるようにするた
め,偏微分μ8 の代わりにベクトル場を含めた共変微分
几 =8μ+ igGμ(x) (1.12)
が導入される.ゲージ場と呼ばれるベクトル場Gμ(x)は,ローカルゲージ変換に
対して
1
Gμ,(x)→ □ (x) --8μ,a(x) (1.13)
g
と変換されると仮定すれば,共変微分を使って書かれたラグランジ密度は不変と
なることが分かる互
実際,ラグランジ密度 (1.8)は共変微分の導人で
£=豆(x)i,µDµ'l/;(x) —石(x)m心(x)
=屈(x){i,μ8μ-g,µGµ(x) —叫い(x) (1.14)
と書き変えられる.gはゲージ場とクォークの相互作用の結合定数である.共変
微分Dμ の変換はゲージ場Gμ位)の変換で書けるから
Dμ 心(x)→ {8μ+ igG~(x)}U(x)叫)
={ 8μ,U(x)}1/;(x) +U (x)叫心(x)
+i gGμ(x)U(x)心(x)-i{仇叫)}U(x)叫) (1.15)
となる.
4 1 はじめに
通常の議論ではローカルゲージ変換に対して不変になるように拡張されたラグ
ランジ密度(1.14)にはゲージボソンの運動エネルギーが抜けているのでProcaラ
グランジアンを追加するのだが,ここではゲージ場の効果をポテンシャルの形で
考慮することを考えているので,ゲージ場の運動エネルギー項などは導入しない.
ローカルゲージ変換に対して不変となるように導人された共変微分(1.12)には
ゲージベクトル場Gμ(x)だけを含むと仮定されたが,このベクトル場の導人には
f
Gμ(x) = Gμ(x) +~1µ:E(x) (1.16)
4
のように,スカラー場:E(x)を加える余地が存在する3l・fsはスカラー場の相互
作用の強さを表す結合定数である.
あらためて,共変微分を
Dμ=仇+ig {G μ(x) +~1µ:E(x)}
.gfs
= 8μ+ igGμ(x) + rμ 立x) (1.17)
i
4
とし,ゲージベクトル場Gμ(x)はローカルゲージ変換に対して
1
Gμ(x)→ 臼(x)-―仇a(x) (1.18)
g
と変換し,スカラー場:E(x)は
:E(x)→ :E(x) (1.19)
と不変であると仮定すれば,拡張されたラグランジ密度 (1.14)はさらに
,C =~(x)irµDµ 心(x)―豆(x)mい(x)
=屈(x){『仇―9rμGμ(x)-9{s凸 戸(x)-m}い(x)
。μ-
=石(x){hμ 9rμGμ(x) -g8ど(x) —叫い(x) (1.20)
と拡張され,ローカルゲージ変換に対して不変となる.ここで結合定数をgfs=9 s
と書き直した.第2項がゲージベクトル場とフェルミオンの相互作用を表す項で
あるが,これをベクトルポテンシャルと解釈し
gGμ に)→ Vμ(x) (1.21)
5
と書き,同様にスカラー場とフェルミオンの相互作用項を表す第3項をスカラー
ポテンシャル
gs~(x) (cid:157) S(x) (1.22)
と書き直せば,ローカルゲージ変換に対して不変なラグランジ密度として
£=石(x){i,μ叫—ぅµVµ(x) -S(x) -m}1/J(x)
=豆(x),μ{ioμ-Vμ は)}い(叫—五(x)刊{m+S (x)}'ljJ(x) (1.23)
が求まる.このラグランジ密度から運動方程式を求めればポテンシャルを持つ
Dirac方程式
[rμ{Pμ-Vμ(x)} -{m+ S (叫}]い(x)=0 (1.24)
が求まり,この式を Dirac行列 a,(3で書き直し,ポテンシャル Vμ(x),S(x)を
時間に依存しないと仮定して定常状態の式を求めれば
[a・{p -V(r)} +{ m+ S (r)}]'lj;(r) ={ E -V0(r)}心(r) (1.25)
となる.外部からの相互作用を記述するポテンシャルの導入には上記のように,
エネルギー・運動量項に加えられるベクトルポテンシャルと質量項に加えられる
スカラーポテンシャルが存在する.すなわち,自由粒子に対する Dirac方程式で
ベクトルポテンシャルは 4元運動量Pμ にPμ-Vμ(x)の形で,スカラーポテン
シャルは質量m にm+S (x)の形で導入される.
ポテンシャルを持つ Dirac方程式はいろいろな条件のもとでおかしなふるまい
をすることが分かる.スカラーポテンシャルがおかしなふるまいを起こす場合も
あり,ベクトルポテンシャルがおかしなふるまいを起こすこともある.有名な例
としてはベクトルポテンシャルによる Kleinパラドックスが知られている凡
十分大きなポテンシャルに対して,非常に小さなエネルギーの粒子流がポテン
シャル障壁に衝突するとき,障壁で反射してくる粒子数の方が入射粒子数より大
きくなるという現象である.これはベクトルポテンシャルがおかしな効果を生む
例である.
スカラーポテンシャルの場合にはこのような不思議な現象は起こらず,常に障
壁で反射する粒子数は入射粒子数より小さくなる.結局, Kleinパラドックスと
6 1 はじめに
呼ばれるおかしな現象はスカラーポテンシャルよりベクトルボテンシャルの方が
大きい場合にのみ起こる現象であることが証明される.
散乱間題ではベクトルポテンシャルを持つ Dirac方程式がKleinパラドックス
と呼ばれるおかしな現象を起こした.次にポテンシャルを持つ Dirac方程式の束
縛状態を考察してみる.まずクォークの閉じ込めポテンシャルとしてよく使われ
る正の整数次数rn型のポテンシャルを考える.ポテンシャルはr→ ooで無限大
に発散するので引力であれば必ずポテンシャル内に粒子を閉じ込め,束縛状態を
作るものと考えられる.実際には,ベクトルポテンシャルの場合には束縛状態の
解は求まらない.逆に,スカラーポテンシャルでは引力でも斥力でも束縛状態の
解が求まり,粒子をポテンシャル内に閉じ込めることが分かる.ポテンシャルの
概念が分からなくなるようなおかしな現象である.
次に一般にクーロン型と呼ばれる r-1に比例するポテンシャルを取り上げる.
このポテンシャルを持つ Dirac方程式の解析的な解は知られている.この場合,
斥力的なベクトルポテンシャルに対しても粒子が束縛状態となる解が存在するこ
とが示される.スカラーポテンシャルの場合も解析的に束縛解が解けるが,この
場合は引力の場合のみ粒子を束縛する解が存在する.
以上,簡単に述べたようにポテンシャルを持つ Dirac方程式はいろいろおかし
な解を持つ.まずKleinパラドックスの議論から始めよう.
2
Kleinパラドックス
1次元の散乱問題を考える.粒子の運動方向を xとして,ベクトルポテンシャ
ルV(x)は第0成分のみを考え
E → E -V(x) (2.1)
の形でエネルギー項に導入され,スカラーポテンシャル S(x)は質量項に
m--+ m+S(x) (2.2)
の形で導入される.それ故,ポテンシャルを持つ 1次元の Dirac方程式は
[C txPx +{ m+ S (x)}{J +V (x)]訊x)=E 心(x) (2.3)
で与えられる.mは考えている粒子の質量であり, Eは粒子の全エネルギーで
ある.
18
Px =- ax- (2.4)
i
はx方向の運動量演算子を表す.心位)は4成分を持つ波動関数で,スピノールと
呼ばれる.
G~I)
°'x = (び。~()";) (2.5)
{3=
は4行4列の Dirac行列であり,びxは2行2列の Pauli行列で
(2.6)
四 =(~ ~)
である.0, Iはそれぞれ2行2列の零行列と単位行列を表す.
G~)
(2.7)
0= (~ ~) I=
以下,メトリックは Bjorken-Drellの教科書叫こ従う.