Table Of ContentActa arachnol., 41(1) : 103-108, August 15, 1992
ネ コ ハ エ トリの雌 雄 モ ザ イ ク とそ の誇 示行 動
前川隆敏1)・池 田'博明2)
Takatoshi MAEKAWA1~ and Hiroyoshi IKEDA2> : Sexual behaviour
of a gynandromorphic spider of Carrhotus xanthogramma
(Araneae : Salticidae )
Abstract The sexual behaviour of a gynandromorphic spider of the salticid
species, Carrhotus xanthogramma (LATREILLE, 1819), was observed in labora-
tory. The individual has a male right palp and a simple left one as in female.
The left side of abdomen is expanded and shows the female characteristics
with a deformed epigynum, while the right side seems to be a male. This
gynandromorphic salticid spider took the antagonistic behaviour to a normal
male of the same species, and presented the courtship towards a normal female
and inserted the only right palpal organ into the female genitalia at the
copulation. However, a normal male presented the courtship behaviour towards
the gynandromorph which was motionless under anesthetic by C02.
クモの雌雄モザイク個体は時々発見されるが,ハ エ トリグモの性モザイクはこれまでに
カタオカハエ トリEπo助 が カo物 あ5(WALcKENAER,1802)の1例 だけである(COOPER,
1976).最 近,前 川は左半身が雌,右 半身が雄のネコハエ トリC〃rho'π5必 αη暁09プα窩魏α
(LATREILLE,1819)を 採集 した.著 者 らは,そ の特異な形態だけでな く,雌 雄モザイク
個体の雌雄に対する求愛誇示,威 嚇誇示行動も合わせて観察したので,そ の結果を報告す
る.な お,こ れまでに雌雄モザイク個体の行動観察はチ リコモリグモAZoρ6003α 勿Zη6アπ一
1θη'α(CLERcK,1758)の1例 だけのようである(GAcK&HE:LvERSEN,1976).
材料と方法
ネ コハ エ トリCα 〃加 伽5翅 π疏og㍑ 吻〃zα の雌雄 モザ イ ク1個 体(前 川が1991年4月26
日に成体 で採集,神 奈川県 海老名市),ネ コハエ トリの成体 オス1個 体(池 田が1991年4
月15日 亜成体 で採集,飼 育によ り数 日後 に成体,神 奈川県座間市相模川岸),メ ス 成体2
個体(1991年4.月15日 に亜成体 で採集,飼 育に より4、月末に成体,ど ちらも処女 メス,神
1)〒220神 奈川県横浜市西区中央2丁 目51-12
2-51-12,Chuo,Nishi-ku,Yokohama-shi,Kanagawa,220Japan
2)神 奈川県立青少年センター 〒220神 奈川県横浜市西区紅葉ケ丘9-1
KanagawaPrefecturalYouthCenter,9-1,Momijigaoka,Nishi-ku,Yokohama-shi,Kana-
gawa,220Japan
1992年6月16日 受理
104 前川隆敏 ・池田博明
奈川県座間市相模川岸),ま た,対 照実験で使用 したオスは前川が4月 の中旬に海老名市
で採集した成体である.
モザイク個体のオスに対する誇示行動は,1991年5月16日14時,バ ルサ製の平板上で雄
と出合わせることで(前 川,1991a),ま た,メ スに対する誇示行動は管ビン内のメスに対
して見合わせて観察 した.肉 眼による観察のほか,ビ デオカメラの記録も参考にした.5
月21日 にCO2で 麻酔 したモザイクに対するオスの反応を調べ,6月6日 に麻酔された正
常なオスとメスに対する反応を調べる対照実験を行った.実 験室内の気温は25-26。C,照
度は5-6kluxで あった.誇 示行動を表す用語は池田(1991)を 参照 した.
Figs. 1-2. A gynandromorph of Carrhotus xanthogramma (LATREILLE,
1819) - 1. Face. 2. Dorsal view of the body: the left half shows
female, the right half male. (Scale: 1.0 mm.)
ネコハエトリの雌雄モザイクとその誇示行動 105
結 果
1.雌 雄モザイク個体の形態.モ ザイクは完全に左半身がメス,右 半身がオスの形態を
していた.オ スの腹部の方が小さいため,腹 部はやや右方向に曲が っていた.雌 部の頭胸
部背面の縁には白毛が目だつが,雄 部は黒い.腹 部背面も同様に雌部の方に白毛が多い.
雄部の歩脚は黒化部分が多かった(Fig.2).顔 面は雄部がやや暗褐色の部分が多 く,雌 部
の前中眼の下部には長い白毛が目だった.雄 部の顔前面にはこのような白毛は見 られなか
った(Fig.1).ま た,左 の雌の触肢は白毛に覆われていて,生 きている時には特にその白
色が目だった.一 方.腹 面は胸板の縁が雄部で黒く,雌 部では目だたなかった.腹 部腹面
後半は一様に黒かった.こ れ らの雌部および雄部の特徴は正常な個体の特徴に対応 してい
た.
モザイク個体各部の測定値:体 長6.51mm,頭 胸部長2.88mm,頭 胸部幅2.26mm,
腹部長3.01mm,腹 部幅2.40mm.通 常の雌雄より小型である.
モザイクの左の外雌器(Fig.5)は 正常のメスの外雌器(Fig.6)と 比較 したとき,や や歪
んでいるものの,基 本的な構造は大差な く,正 常と思われた.な お,外 から内部生殖器の
構造ははっきりとは見えないので,描 図に当たってBOHDANOwIcz&PR6SzY舶KI(1987)
を参考にした.右 の触肢(Fig.3)は 雄,左 の触肢(Fig.4)は 雌の構造であった.雄 の触
肢は暗褐色,雌 の触肢は白かった.
2.雌 雄モザイク個体の対オス行動.モ ザイクが小型であるため,比 較的小型(体 長
Figs. 3-6. The male and female reproductive organs of Carrhotus xanthogramma.
3. Right palp of the gynandromorph (male part), retrolateral view.
4. Left palp of the gynandromorph (female part), retrolateral view. 5. Epi-
gastric area of the gynandromorph. 6. Epigynum of a normal female. (Scales;
0.2 mm.)
106 前川隆敏 ・池田博明
6.92mm)の 正常オスに対面させた.モ ザイクは 「脚のふりあげ」および 「旗振 り接近行
動」を示 し,相 手を威嚇 した.対 面する相手のオスもモザイクに対 して脚をふ りあげ,威
嚇 した.最 終的には常にモザイクの方が逃げた.4回 の対面で,モ ザイクが脚をふ りあげ
てから逃げるまでの時間は9秒,9秒,3秒,15秒 と推移 し,平 均9秒 だった.「 脚の横
開き」や 「押 し合い」にまでは至らなかった.
モザイクはオスの誇示行動を示し,対 面する相手のオスもモザイクをオスと見な して威
嚇誇示行動を示 した.
3.雌 雄モザイク個体の対メス行動.メ スに対面させたモザイクは体を低めて,「 脚を
ふりあげ」ながら接近 し,「 脚そろえ」を行い,メ スを 「たたく」仕草をしながら,マ ウ
ントしていった.
オープンな場所ではな く,管 びん内でメスに求愛させたため,モ ザイクが求愛誇示行動
に特有の 「顎出し」行動(前 川,1991b)を したかどうかは明瞭ではなかった.
モザイクはまず右触肢(雄 の側である)を 使って6分 間挿入 した.そ の間,右 第1脚 を
間けつ的にビクつかせたが,こ の行動は本種のオスが交尾の際に血のうの収縮に同調して
起 こす行動と共通である(前 川,1991b).
その後,モ ザイクは雌 の体の上で向きを変えて,左 触肢(雌 の側である)を 挿入 しよう
とした.し かし挿入できないため,モ ザイクが 左触肢を挿入 しようとしてから1分25秒
後,下 におさえつけられたメスが動き出し,離 れて脚をふりあげ,モ ザイクを威嚇 した.
しか しモザイクが 「たたき」ながらマウントす ると(約10秒 間),再 びメスはおとなしくな
った.モ ザイクはその後 もひたすら左触肢を挿入 しようと試みた.1分10秒 後,再 び雌は
離れて脚をふりあげ,モ ザイクを威嚇 した.モ ザイクは 「脚そろえ」を行い,雌 がおとな
しくなると,た たきながらマウン トし,左 触肢を挿入 しようと試みる.同 じことの繰 り返
しと判断 して,1分 後,ピ ンセットで妨害 して,2頭 の行動を中止 させた,
続いて,こ のモザイクをホンチ箱の中で,別 のメスに求愛させると,「 脚のふ りあげ」
と同時に,は っきり 「顎出し」をするのが観察できた.モ ザイクはひたすら雌の側である
左触肢を挿入 しようとしたので,途 中で雌雄を分けた.
モザイクは雄の誇示行動を示し,対 面するメスもモザイクをオスとみなした.
モザイクと交尾 したメスを飼育 したが,産 卵することなく1991年6月21日 に死亡 した.
4.麻 酔 した雌雄モザイクに対するオスの行動.モ ザイクの左外雌器は正常である.し
たがって,オ スと交尾させ る方法 として,モ ザイクを麻酔 して,バ ルサ板の上に置き,正
常なオス(体 長9.11mm)を 対面させてみた.
CO2で 麻酔 したモザイクにオスは接近 し,「 脚のふりあげ」を行わずに,じ かに体に
触れて,マ ウン トし,モ ザイクの体を回そうとして交尾 しようと試みた.し かし,麻 酔か
らさめたモザイクが逃れようとす るため,交 尾にまでは至らなかった.3回 試みたが,い
ずれの場合も交尾にまでは至らなかった.3回 目にオスはモザイクを餌 とみなしたらしく
後ろからとびつき,頭 胸部後部にかみついたため,両 者を70%エ タノールに入れて分離
した.
対照実験 として,正 常オスや正常メスを麻酔 してオスと対面させたところ,オ スは対面
ネコハエトリの雌雄モザイクとその誇示行動 107
相手のサイズや雌雄にかかわらず,麻 酔された個体に対 しては,求 愛した(前 川,1991b).
考
票 ビ8『
これまでに完全な雌雄モザイクで,誇 示行動が観察されたものはチ リコモ リグモAZo一
ρ6605α勿Z"θ7πZ8η'αだけのようである(吉 倉,1989;GACK&HELVERSEN,1976).こ
のクモのモザイクには外雌器がな く,触 肢は雄 と間性のものを備えていて,オ スとして両
脚を使 ってメスに対する求愛誇示,交 尾行動を行ったほか,メ スとして卵のう形成を行っ
た(産 卵は しなかった)と い う.精 子形成は正常であった.オ スに対する威嚇誇示行動は
観察されていない.
日本のハエ トリグモの うち,ネ コハエ トリは最 もよく誇示行動が観察されている種類で
ある.求 愛誇示行動 と威嚇誇示行動 も 「顎出し」によって区別できることが分かっている
(前川,1991b).今 回のネコハエ トリのモザイクは形態的にはまったく完全な雌雄モザイ
クであったが,誇 示行動の際にはオスとして行動した.交 尾行動も正常に行われたが,交
尾相手のメスに正常に精子が渡されたかどうかは,メ スが産卵前に死亡 して しま っ た た
め,確 認出来なかった.
本種のオスは,雌 雄を問わずに麻酔された個体に求愛するので,モ ザイクが特別に求愛
されたと考えることはできない.し かし,バ ルサ板上というオープンな場所であるにもか
かわらず,オ スは麻酔 されたモザイクに対して 「顎出し」も 「脚のふ りあげ」 も行わなか
ったことから,、オスがモザイクをメスと認識するには何か不十分な点があるとも考えられ
る.
手商 要
左半身が雌で,右 半身が雄のネコハエトリの雌雄モザイク個体は,雌 に対しては求愛誇
示を,雄 に対しては威嚇誇示行動を示し,雄 として行動した.ま た,正 常な雄は麻酔され
たモザイク個体を雌とみなして求愛した.
謝 辞
この研究にあたり,便 宜を図って下さった横浜ホンチ保存会会長佐藤芳夫氏,ホ ンチ保
存会会員高橋英男氏,青 少年センター科学部長辻功氏,同 科学課長水島英義氏,草 稿を見
て助言下さった東京大学農学部宮下直博士,日 本蜘蛛学会員新海明氏,鈴 木成生氏に感謝
の意を表する.
引 用 文 献
BOHnANOWICZ,A.,&J.PROSZYNSKI,1987.SystematicstudiesonEastPalaearcticSalticidae
(Araneae),IV.SalticidaeofJapan.Anls.zool.,41:42-151.
CoorEx,A.E.,1976.Furtherexamplesofgynandryandintersexualityinspiders.Brit.
arachnol.Soc.,Secretary'sNewsLetter,(1S):5-6.
池田博明,1991.ハ エ トリグモの誇示行動を表す言葉,A砂 勿5,(98/99):57-63.
108 前川隆敏:・池田博明
LACK,C.,&O.voNHELVERSEN,1976.ZumVerhalteneinergynandromorphenWolfspinne
(Arachnida:Araneae:Lycosidae).Ent.gem.,3:109-118.
前川隆敏,1991a.ネ コハ エ トリの クモ合戦 のさせ方.∠4砂 勿5,(98/99):43-46.
1991b.ネ コハ エ トリの求愛誇示行動 におけ る 「顎 出 し」 について.A砂 ρ〃5,(98/99):
33-36.
吉倉 眞,1987.ク モの生物学.613pp.学 会出版 センター,東 京.
原稿作成上の注意
1.論 文は次の順序に従って記述する.和 文 ・欧文共に,① 表題および著者名(和 ・欧)(著 者の所属
は肩ツキ数字を用いて欄外に記す)② 英文アブス トラク ト ③本文 ④和文摘要 ⑤文献 なお・
① と著者の連絡先は原稿の第1ペ ージに,② 以下は第2ペ ージより記述す る.
2.短 報は刷上がり2ペ ージ以内とし,次 の順序に従って記述する.① 表題および著者名(和 ・欧)
(著者の所属は肩ツキ数字を用いて欄外に記す)② 本文 ③和文摘要(な くてもよい)④ 文献。
3.表 題を30字(和 文),50字(欧 文)以 下程度に縮少 したランニング ・タイ トルを原稿第1ペ ージの
左肩に,ま た希望する別刷の部数および表紙の要 ・不要を右肩に朱書きすること.
4.和 文原稿は現代かな使いによって横書きし,A4判400字 詰原稿用紙に手書きするか,白 紙にワー
プロで打つ.欧 文原稿はタイプライター用紙(A4ま たは国際判)に ダブルスペース(1行 おき)
で打つこと(パ イカピッチで1行60字,1ペ ージ28行 が標準).
5.本 文中の動植物の和名 ・外来語はカタカナ,数 字は算用数字,属 名以下の学名はイタリック(朱
下線1本),人 名(欧 語)は 第2字 以下をスモールキャピタル(朱 下線2本)と する.そ の他の活
字の指定や体裁は編集委員会に一任されたい.
〔例〕Argiope一 →ノレgゴoρ6YAGINUMA→YAGINuMA
6.文 献表は著者のアルファベット順に配列し,次 の例に準じて作成すること.雑 誌の巻を示す数字
の下に一〜一を引くこと.
〔例1〕 和文雑誌の場合 本田重義,1969.日 本産造網性 クモ類の群集型とその分布.日 本生
態学会誌,19:27-36.(和 文i雑誌名は原則として略記しない.)
〔例2〕 和文単行本の場合 八木沼健夫,1986.原 色日本クモ類図鑑:.xxiv+305pp・,Pis・1『
64.保 育社,大 阪.
〔例3〕 欧文雑誌の場合KIsHIDA,K,1928.TrapdoorspidersofJapanandtheirbear量ng
onzoogeography.Annot.tool.japon.,11:385-387.
〔例4〕 欧文.単行本の場合GERTSCH,W.J.,1979.AmericanSpiders(2nded・)・274PP・
VanNostrandReinhold.,Newwork.
〔例5〕 雑誌に巻がなく号のみの場合Atypus,(5):1-3.
7.図 はB4判 以下の用紙に描き,墨 入れした上,図 中の文字を入れ,そ のまま印刷できるように完
成したものであること.縮 少率は図の端に青鉛筆で書き,図 の挿入箇所は原稿の右端に朱書きして
おく.附 図説明は添付せずに別紙に記載 し,原 稿の末尾につけること.
8.分 類群の名称を目 ・科 ・属のように並べる場合は大 ・中 ・小群の順に並べコロン(:)で つなぐ.
(投稿規程は近々改訂し,次 号に掲載の予定.),
